【2020年最新版】突然の訃報により死亡してしまった漫画家まとめ

漫画
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漫画大好き、まるをです

世の中には、100巻以上続く長寿作品から10話程度で打ち切りになってしまった作品まで、それはもう数多くの漫画が存在します

そうした中で、完結することなく終わってしまった…つまり未完の作品というのもあったりします

理由は様々ですが、そんな中でも作者が亡くなってしまったというのが最も惜しむべき理由だと個人的には思っています

今日はそんな非業の死を遂げてしまった漫画家さん達を何人か紹介したいと思います

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手塚 治虫(てづか おさむ)

本名手塚 治(てづか おさむ)
生年月日1928年11月3日
死没1989年2月9日(60歳没)
代表作鉄腕アトム
どろろ
火の鳥etc…

ご存じ、マンガの神様

漫画家ながら医師免許も取得しているという手塚先生は、戦後の時代に漫画を発展させた第一人者

『ブラック・ジャック』『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』といった数多くの作品は今なおメディア展開され、老若男女問わず抜群の知名度を誇ります

日本で一番有名な漫画家と言えば、手塚先生と答える方も多いことかと思います

そんな手塚先生ですが、60歳の時に都内の病院で亡くなられました

死因は胃癌。本人には未告知であるとされていますが、実は知っていたのでは?という話もあります

複数の作品が未完であり、また入院中も仕事に対する意欲を持っていたことから、本人は重病だとは思っていなかったのかもしれません

病気で無ければ更なる名作が生まれたかもしれない…そう思うと本当に惜しまれます

なお手塚先生に関しては別記事でも紹介しているので合わせてどうぞ

藤子・F・不二雄(ふじこ・えふ・ふじお)

本名藤本 弘(ふじもと ひろし)
生年月日1933年12月1日
死没1996年9月23日(62歳没)
代表作オバケのQ太郎
ドラえもん
キテレツ大百科etc…

こちらも手塚先生と並ぶ超大物漫画家

日本の国民的な漫画である『ドラえもん』の生みの親であり、他にも『パーマン』『キテレツ大百科』といった有名作品を世に送り出しました

手塚先生を師と仰ぎ、敬愛していた藤子先生は手塚先生と同じトキワ荘にて執筆活動を行い、研鑽する日々を過ごしました

そんな藤子先生は62歳の時肝不全で亡くなりました

仕事部屋でドラえもんシリーズを執筆中に亡くなってしまったようです

ちなみに藤子・F・不二雄『F』は本名の藤本 弘(ふじもと ひろし)のFに由来しているとのこと

石ノ森 章太郎(いしのもり しょうたろう)

本名小野寺 章太郎(おのでら しょうたろう)
生年月日1938年1月25日
死没1998年1月28日(60歳没)
代表作サイボーグ009
仮面ライダー
人造人間キカイダーetc…

昭和を代表する作家の一人で、『漫画の王様』『漫画の帝王』と評された漫画家

藤子先生と同じく手塚治虫氏を敬愛し、トキワ荘に入居、手塚先生のアシスタントも経験しました

数多くの名作を生み出した他、『仮面ライダー』の原作や漫画入門書の作成等、当時としては珍しくマルチに活動を展開していました

「世界一多作な漫画家」としてギネス世界記録にも認定されています

そんな石ノ森先生は60歳の時に都内の病院で亡くなりました

原因は悪性リンパ腫による心不全

大人気作品で代表作の『サイボーグ009』は完結まで描かれることなく終わってしまいました

多田 かおる(ただ かおる)

本名西川 かおる(にしかわ かおる)
生年月日1960年9月25日
死没1999年3月11日(38歳没)
代表作いたずらなKiss
愛してナイト

多田先生は1900年代後半にかけて活動した少女漫画家

代表作の『いたずらなKiss』はアニメ・ドラマ化はもちろん、映画・海外でのドラマ化と世界的にも有名な作品となりました

イタキスが生まれて30年近く経った今でも舞台化が行われるなど、今なお高い人気を博しています

そんな先生は38歳という若さでこの世を去りました

死因は脳内出血。引っ越し作業中に大理石のテーブルに頭を打ちつけたことが原因であるとのこと

これによりいたずらなKissは未完のまま全23巻という形で終わりを迎えました

臼井 儀人(うすい よしと)

本名臼井 義人(うすい よしひと)
生年月日1958年4月21日
死没2009年9月21日(51歳没)
代表作クレヨンしんちゃん

誰もが一度は見たことのある、あの国民的作品の生みの親

臼井先生は子供から大人まで親しみのある『クレヨンしんちゃん』の作者になります

出身地である埼玉県春日部、そして自信も本名のまま映画に出たことがあるので、知っている方も多いかもしれません

1990年から連載の始まった同作は、30年が経った今でも変わることなく子供達を笑わせています

しかし作者の臼井先生は2009年9月に不慮の事故に遭い、亡くなられました

趣味であった登山で荒船山を訪れ、滑落死したものと見られています

連載中であったクレヨンしんちゃんは絶筆作品となりましたが、2010年より新たなスタッフと共に『新クレヨンしんちゃん』がスタートしました

ちば あきお

本名千葉 亜喜生(ちば あきお)
生年月日1943年1月29日
死没1984年9月13日(43歳没)
代表作キャプテン
プレイボール

ちば先生は満州(中国)出身の漫画家

代表作の『キャプテン』は、多くの野球選手に影響を与えました

ちなみにボクシング漫画の名作である『あしたのジョー』は兄のちばてつや先生が執筆されています

スポーツに懸ける少年たちの青春作品で人気となりましたが、41歳の時に亡くなられました

仕事場の2階で首を吊って亡くなっていたとのこと。躁鬱病によるものと思われます

連載中だった『チャンプ』はチーフアシスタントの手によって仕上げられ、掲載されました

佐藤 タカヒロ(さとう たかひろ)

本名佐藤 貴広(さとう たかひろ)
生年月日1976年7月24日
死没2018年7月3日(41歳没)
代表作いっぽん!
バチバチ

週刊少年チャンピオンを代表する漫画家の一人である佐藤先生

王道で熱量のある相撲漫画の『バチバチ』は先生の代表作となり、9年以上続く長寿作品となりました

そんな佐藤先生は急性冠症候群にて41歳の若さで亡くなりました

連載中だったバチバチシリーズの最終章、『鮫島、最後の十五日』は未完のまま最終回を迎えることとなりました

完結までもう少し、というところでの急逝だったので、僕を含め多くのファンがショックを受けていました

藤原 ここあ(ふじわら ここあ)

本名不明
生年月日1983年4月18日
死没2015年3月31日(31歳没)
代表作妖狐×僕SS

僅か14歳の時にマンガ大賞にて佳作を受賞した藤原先生

翌年に『CALLING -コーリング-』で中学3年生の時にデビュー、その後手掛けた『妖狐×僕SS』はアニメ化されるなど、人気作となりました

そんな藤原先生は31歳という若さでこの世を去りました

死因は病死ということだけ公表されており、詳しいことはわかっていません

連載中であった『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』は絶筆となり、全3巻で未完となっています

佐渡川 準(さどがわ じゅん)

本名川人 睦(かわひと むつみ)
生年月日1979年頃
死没2013年8月13日(34歳没)
代表作無敵看板娘
ハンザスカイ

佐渡川先生は週刊少年チャンピオンで活動していた漫画家

デビュー作の『無敵看板娘』は人気作となり、アニメ化も果たしました

漫画家ながら空手家という顔も持ち、大会で準優勝になったこともあるとのこと

そんな先生は34歳という若さで亡くなってしまいました

公園で首を吊って自殺していたとのことですが、遺書もなく原因は不明とされています

連載中だった『あまねあたためる』は絶筆となり、全3巻で終了しています

まとめ

突然の訃報により亡くなった漫画家さんを紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか

死因については様々ですが、絶筆となった作品も多々あり本当に残念としか言いようがありません

ですが作品は延々と残り続けていくので、世代が変わっても読まれ続けることを切に願います

以上、まるをでした

それではっ

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